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2009年10月20日

御食国について

塩や鰒(アワビ)、海草などの海産物は、神事の際などに貢がれる神饌として古くから用いられた。またこれら海産物が豊富に捕れる地域の支配が、地域の権力者によって重要な政治的意味を持ったことは十分に想像できる。

贄の貢ぎが史料として現れるのは、日本書紀の大化の改新の詔の其の四のところで、「凡その調の副物の塩と贄(にえ)とは、亦(また)郷土(くに)の出せるに随へ」とある。実際、藤原京・平城京の発掘調査から多数の木簡が出土しており、これら木簡のほとんどは都に税として納められた物品を示す記述であった。

木簡の記述には納められた物品の名前とともに貢ぎ先の国名、郡名が記され、それが何の税にあたるか、すなわち租・庸・調の文字が記されている。一部の木簡は租・庸・調ではなく、贄や御贄(みにえ)、大贄(おおにえ)の文字を見つけることができる。

また贄を納める義務を負ったものを贄人と呼んだが、贄を納めることで調などが一律に免除されたかどうかは断定できない。しかし神饌の意味する本来の自発的に土地の海産物を神々に貢進したというものから、首長(天皇)に贄を奉じこれを首長が食べることで贄の取れた土地を支配していることを誇示する儀式となった。さらに贄は律令制の下で税のように強制的な収奪へ変化したことが伺える。

大宝律令および養老律令においては、贄の貢ぎに関する記載は見当たらない。しかし『延喜式』には、御食国による贄として貢ぐ内容が詳細に記述されている。

『延喜式』によると、宮内省の内膳司(皇室、朝廷の食膳を管理した役所)の条に、「諸国貢進御贄」、「諸国貢進御厨御贄」などの項目がある。この項には各国に割当てられた食材をそれぞれ毎月(旬料)・正月元旦や新嘗祭などの節日(節料)・年(年料)に一度というように内膳司に直接納めることが規定されていた。

若狭国の状況
『延喜式』によると、若狭国は10日毎に「雑魚」、節日ごとに「雑鮮味物」、さらに年に一度「生鮭、ワカメ、モズク、ワサビ」を御贄として納めることが定められている。

すでに述べたとおり藤原京跡や平城京跡より、多量の木簡が発掘されている。調は絹や麻などの糸や布で納められることが一般的であった。しかし木簡からは若狭国では塩により調が納められたという大きな特徴がある。

若狭には8世紀以降使用されていたと思われる製塩施設が、船岡遺跡・岡津遺跡(旧大飯郡)などで発見されている。これらの製塩施設は大規模で、周辺住民が日々に使用する塩を作るためというより、時の権力による強制力により労働力が集められて、製塩が行われたと考えられている。

若狭国の地理的特長を見ると、海岸線はリアス式海岸で複雑に入り組んでおり、対馬海流の影響で海産物に恵まれている。一方で平野部は狭く限られており、田畑の面積は少ない。また、若狭国は、8世紀に置かれた郡は遠敷郡、三方郡の2郡であり(9世紀に大飯郡が遠敷郡から分離して3郡に)、近国で一国二郡は志摩国、淡路国とあわせて3国しかなかった。このように田畑の少ない場所が国単位として成立していたことは、皇室・朝廷にとって特殊な場所であったと推定される。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
今日は御食国について調べてみました。


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